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コラム

「運動量が足りない」って何?

  • 2014.11.03 Mon 15:28


プレミアリーグ第10節。セント・ジェームス・パークに乗り込んだリバプールがまたしても満足に攻撃できないまま脆弱な守備を突かれニューカッスルに敗れた。最近のリバプールはテレビの解説からネットのつぶやきまで「前線の運動量が足りない」と盛んに批判され、その攻撃の停滞感には多く悲嘆の声が上がっている。

けれども、ここで筆者はふと思った、「運動量が足りないとは何を指しているんだろう。」

「運動量が足りない」とは便利な言葉で、攻撃に閉塞感が漂っている時にそう言っておけばなんとなくポイントを突いて批判できている気になれる。しかし具体的にどこをどう改善すればいいのかがその言葉からは読み取れない。

そこで今回は「運動量」について考察したことをちょっと述べてみようと思う。

まずそもそも運動量の定義が曖昧だという問題がある。もちろん物理で出てくる運動量とは異なるし、サッカー用語としての適切な定義や対訳となる外国語もないので、つまりは日本でサッカーを語られる時に作られた造語だろう。ここを掘っても何も出てこないので、そこはよく動けてれば「運動量がある」、足が止まってれば「運動量がない」という言い回しを軸に良しとしよう。また今回は現在のリバプールに対する批判に合わせ、攻撃に関して述べられた場合を想定する。

それでだ、運動量が足りないという批判は、攻撃時の選手の出足の遅さや引いた相手を攻めあぐねている時の閉塞感を批判しているのだろうが、使用者は要は「動け!」と言いたい場合がほとんどだよねと。そりゃ選手の足が止まっているなら動けと言いたくなるのは分かるが、この批判には決定的に欠けている前提があると思うのだ。

ピッチ上の選手の動きは全てに意味が付される。FWが動けばマークのCBも動くし、CBが持ち場を離れればそこにはスペースができる。つまり選手は自分の動きにどんな意味があるのか、その影響がどうなるのかを考え、あるいは身体に染み込ませプレーしている。その判断の巧拙が試合の結果を左右し、時に見事な連携プレーを、時に失点につながる痛いミスを生み出す。

そう、動くためには「どう動くべきか」が判断できていなけりゃならない。この大前提が従来の「運動量が足りない」という言葉には全く意識されていないよねっていう。要するに、プレー中に足が止まっている選手がいた場合、それはつまり動かない(怠慢)のではなく、適切な動きがわからず動けない = 判断力が足りないということ。あるいは、身体能力やスキルが足らず選択肢自体が少ない場合。

ただ、身体能力やスキルが未熟で切れるカードが少ないならそれはもはや選手個々人の問題で、練習あるのみ。でも判断力が問題の場合は選手の問題ではないだろう。攻撃においてどう動くべきかが分からないのは、相手守備陣を崩す上で選手の取るべき行動が理解されていないことに他ならない。それはチームとして攻撃手法の方向性がないのか、あっても緻密さや汎用性に欠け対応できないのか。いずれにせよ監督の指導不足を意味している。足りない運動量を上げるのは、選手ではなく監督である。

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